身近な野生動物の感染症:疥癬(かいせん)

 狩猟や有害鳥獣捕獲の現場は、感染症にかかった野生動物に遭遇する機会でもあります。今回は目にしやすい感染症の1つである、疥癬についてご紹介いたします。

●動物における疥癬の病原体・症状・感染状況について

疥癬に感染したイノシシ(右下はヒゼンダニ)
疥癬に感染したイノシシ(右下はヒゼンダニ)
 疥癬は、ヒゼンダニ類のダニが寄生することで発症する皮膚病です。このダニは、重症熱性血小板減少症候群(SFTS)などを媒介するマダニとは異なり、肉眼でほとんど見えないサイズの小さなダニです。野生動物が感染すると、掻痒をともなう皮膚の異常、脱水と衰弱、細菌の二次感染などにより、死に至ることがあります。野生動物間では、社会行動の中での接触、餌場や巣穴の共同利用、食物連鎖などにより感染しているようです。イヌとタヌキの間など、一部のペット・家畜と野生動物間でも感染していることも確認されています。動物由来の疥癬はヒトにも感染するものの、症状は軽症かつ一時的で、2週間ほど続いたのちに治まるとされています(ヒトにはヒト由来の疥癬があり、そちらは別で、感染が継続します)。
 
●疥癬に感染した動物の取扱い、消毒など
ヒトでの症状は軽いとはいえ、疥癬に感染した動物に触れる場合は、長袖・手袋着用、作業後に着替えるなど、ダニに触れない・居着かせない対策をすべきです。また、ダニは環境中で数日間は生きていられるようです。ダニにはエタノール消毒などが効きにくく、捕獲に使用した器具や衣服には熱湯消毒の方が効果的です。ヒトが動物由来疥癬に感染する経路としては、ペットからの感染も問題となっています。ペットや猟犬において疥癬の感染が疑われる場合は、獣医のもとで診察を受けるべきです。

●日本の野生動物における疥癬
日本では、主に食肉目の動物を中心とする流行が1980年代から報告されてきました。これまでに、タヌキ・キツネ・アナグマ・テン・ハクビシン・アライグマ・イノシシ・ツキノワグマ・カモシカなどの動物で感染が報告されています。タヌキやキツネにおける流行では、重症・死亡個体が目につきやすく、個体数の減少による絶滅を心配する声があがっていました。しかし、いまのところ個体群が絶滅した地域は報告されておらず、個体数の減少は一時的なものと考えられています。むしろ自然の中における疥癬は、「増えすぎた個体数を調整する」役割をしているとも考えられています。保全生物学的には、希少動物や小さな孤立個体群でもない限り、疥癬に感染した動物を保護する必要性はないと考えられます。
 
 マダニが媒介する病気(重症熱性血小板減少症候群とダニ参照)とは異なり、疥癬はヒトが感染しても致命的な症状に至らない病気です。しかし、自身やペット・猟犬の健康を守る上でも、ありふれた病気に過度な恐怖心を感じないためにも、きちんと知識をもってこの病気に接するべきです。身近な野生動物の感染症との付き合い方も、考えてみませんか。