お肉はきちんと火を通してから!

今年も狩猟の季節がやってきました。
自分で獲ったシカやイノシシ、知り合いのハンターさんからもらったカモなど、なにかと野生鳥獣肉を食べる機会が増えるシーズンかなと思います。

ところで、みなさんは野生鳥獣肉をどのようにして食べていますか?
まさか「生で!」なんてことはないですよね…?

■ 生食、ダメ絶対(新鮮でもダメ)
生食がなぜダメなのか、それは食中毒の危険があるからです。
鳥獣肉の刺身や、血もしたたるレアステーキなんて、もってのほか。
「シカ肉のたたき」を出すレストランもあるようですが、この「たたき」、シカのローストのことではなくて、鰹のたたきと同じように表面をあぶっただけのものを指しているとしたら、中心部まで火が通っていないのでこれもアウトです。
また、「新鮮だったら生でも大丈夫」も大きな間違いです。
すべての野生鳥獣が食中毒の原因になるウイルスや寄生虫などに感染しているわけではありませんが、感染している場合は当然死ぬ前から感染しているわけですから、捕獲直後のピカピカの肉だろうがなんだろうが関係ありません。そして、病原体に感染しているかどうか、見た目で分かることは少ないので、新鮮でおいしそうなお肉だからといって生食OKと判断してはいけません。

■ どんな食中毒が心配なの?
主なものとして2つほど紹介します。

<E型肝炎>

E型肝炎ウイルスに感染することで発症する急性肝炎(まれに劇症化する)です。イノシシやシカ、豚などの肉や内臓を生で食べることによって感染した事例があります。感染しても症状が出ないことが多いとされていますが、平均6週間の潜伏期間があるので、肉を生で食べた直後に症状が出ないからといって油断はできません。
○症状
発熱や食欲不振、嘔吐、肝機能の悪化、黄疸などが1~2週間続く
まれに劇症肝炎(急性肝不全)による死亡事例あり
妊婦は劇症化しやすく、死亡率は20%になることがある
○感染事例①
イノシシのレバーを生で食べた2名が発症、うち1名死亡(2003年)
○感染事例②
シカ肉を刺身で食べた4名が発症(2004年)
○予防
しっかり加熱

<腸管出血性大腸菌感染症>

腸管出血性大腸菌が原因の感染症です。無症状の場合もありますが、4~8日の潜伏期を経て、さまざまな症状が出ます。
○症状
下痢、腹痛、血便など
溶血性尿毒症症候群(HUS)や脳症などの重篤な合併症が患者の6〜7%で発生
HUS を発症した患者の致死率は1〜5%
○感染事例
冷凍保存していたシカ肉を刺身で食べた4名が発症(1997年)
○予防
しっかり加熱

生の肉もしくは加熱不十分な肉を食べることによって起こる食中毒は、もちろんこの限りではありません。もっと知りたい方は内閣府食品安全委員会が出しているファクトシートなどをご覧ください。

■ 「しっかり加熱」とは…?
それでは、どのくらい熱をかければ良いのでしょうか?
厚生労働省は野生鳥獣肉の衛生管理に関する指針(ガイドライン)の中で、

肉の中心部の温度が75℃、1分間以上

または「これと同等以上の加熱」を推奨しています。
「同等以上」の加熱条件としては

肉の中心部の温度が63℃、30分間以上

があります(厚生労働省「豚の食肉の基準に関するQ&Aについて」より)。

「この加熱条件をクリアする料理法が分からない…」という方もいるかと思います。でも心配ご無用、信州ジビエ研究会やTWIN(北海道の女性ハンターの会)などがレシピを紹介しています!参考にしてみてください。

・信州ジビエ研究会レシピ
・TWIN レシピ

■ さいごに
・「野生鳥獣肉だから」じゃない
 ここまでいろいろ書いてきましたが、この記事を読んで、野生鳥獣肉が特別怖いものだと誤解しないでいただきたいなと思います。某焼き肉店でユッケを食べた方5名が亡くなった事件(2011年)は記憶に新しいかと思います。あれはまさに上で紹介した「腸管出血性大腸菌」による食中毒事件でした。「野生鳥獣肉だから危険」なのではなくて家畜肉であれ野生鳥獣肉であれ、「生食だから危険」「適切な処理をしないから危険」なのです。
 安全に食べる方法を知ることが大事です。きちんと加熱!しっかり覚えてくださいね。

・「これまで大丈夫だった」「オレは大丈夫」は大丈夫じゃない
 「これまでずっと生で食べてきたけどオレは元気だ」という方もいっぱいいらっしゃるでしょう。「生で食べるのが好きだから病気になっても構わん」という人もいるかもしれません。個人の自由と言ってしまえばそれまでです。でもちょっとだけ、大きな目で見てみませんか。
 2013年度における農作物被害額はシカで75億円、イノシシで55億円にものぼります。そして、同年度における駆除数はシカ約30万頭、イノシシ約34万頭です。これらのうち、食肉として有効活用されているのはごくわずかです。このままでは、野生鳥獣による直接的な経済被害のほか、駆除した鳥獣の処理にも労力やお金が費やされていくばっかりです。しかし、もし駆除された動物が食肉として流通するようになれば、野生鳥獣は地域にとってお金になり、被害をもたらすだけのものではなくなります。野生鳥獣肉を市場に流通させるには需要と供給のバランスや処理施設の問題などいろいろなハードルがあり、簡単に進むものではありませんが、それでも近年は各地で徐々に有効活用の動きが見られます。そんな中、ここでひとたび野生鳥獣肉による重大な食中毒事件や死亡事件が起きたとしたら、この流れに水をさすことになりかねません。
 また、近年はジビエブームやジビエによる地域おこしなどを通じて、一般の方々の間でも野生鳥獣肉(ジビエ)に対する興味は高まってきているように思います。野生鳥獣肉が人の口に入る機会もこれからますます広く、多くなっていくでしょう。加熱調理が必要であることを正しく伝えなければ、防げる食中毒も防げなくなってしまいます。
「自分は大丈夫」ではなくて、少し大きな目で見て、安全に野生鳥獣肉を楽しんでいただければと思います。

201612%e6%96%99%e7%90%86%e5%86%99%e7%9c%9f
(左から)シカシチュー、クマハンバーグ、イノシシチャンプルー

*そのほかの参考資料
厚生労働省「食肉を解するE型肝炎ウイルス感染事例について(E型肝炎Q&A)」
北海道立衛生研究所「E型肝炎ウイルスはどこから?」
日獣会誌69(2016)「野生動物の食用利用と人獣共通感染症」